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<W杯F組>日本完敗 ブラジルと豪州が決勝Tへ サッカーのワールドカップ(W杯)ドイツ大会は第14日の22日、ドルトムントなどで1次リーグF組の最終戦2試合が行われた。王者ブラジルと対戦した日本は、玉田のゴールで1点を先制したが、前半終了間際にロナウドのヘディングで同点に。後半さらに3失点し、1-4で敗れた。 結果自体は予想の(期待ではなく、予想。そして、ワタシの、ではなくて、ほとんどの人の)範囲内のことで、特にコメントする必要もない。まあ、前半を1点リードで終わり、後半さらに15分ほど持ちこたえれば、ブラジルの「あれ、おかしいな」病が出てきたはずで、そうなればおもしろかったとは思うけど、ロスタイムでロナウドをあそこでフリーにしてしまう集中力の欠如は、実力不足である証拠。こうなれば、後半はあれで済んでよかったくらい。 試合後、複数の選手のインタビューを聞いた。そんなものじゃないかな、と思ってはいたが、サポーター、そして国民に向けた言葉は聞かれなかった。朝の情報番組を見ている限りは、それを問題にする人もいない。「よくやった」「胸を張って帰ってきてほしい」「次につなげて」……。大変申し訳ないが、「日本はワールドカップに代表を送る資格のない国だな」と思わざるをえない。 サッカーでもなんでも、スポーツ選手は一義的に自分のためにプレーする。人がどう見るかは関係ない。自分の思うようにプレーして、それが人々の心を引きつければ金が取れるし、引きつけなければとれない。それだけだ。だから、普通の場合は、負けたあとのインタビューでは、自分にとってのゲームの回顧をすればよい。だが、ワールドカップだけは別なのだ。サッカーに関心を持つすべての人が、自分たちの代表として、自分たちの誇りとともにユニフォームを渡す対象が代表チームだ。ワールドカップの試合は、国ごとの誇りのぶつかりあいなのである。 自分だけでなく、他人の思いも背負って「戦場」に行っている以上、戦いのあとにコメントするときには、誇りを預かった責任をどう果たしたか、一言あって当然だと思う。そして、3試合通して見て、手放しで「よくやった」と言える人は好きにすればいいが、ワタシはそうは感じていない。負けたことが、ではなく、内容の乏しさに怒りを覚える。帰ってくるなとは言わないが、拍手で迎える気にはとてもならない。ある意味で自分自身を託しているといえるチームの戦い方が「あれでいい」のなら、ずいぶん安い自分自身だとも思う。なぜかなりの数のクロアチアのサポーターが日本との引き分け直後、目を据わらせて黙っていたか。あれは、「日本なんかに引き分けることしかできなかった」自分たちの代表に対して怒っているのである。大きく傷つけられた誇りを抱えて。 結局、日本代表とは、ワールドカップを「遊ぶ」ために、「これが日本代表だよ」と誰かが勝手に選んで与えてくれただけの存在だったのだろう。そのチームに誰が入っていて、どういうサッカーをするのかは、どうでもいいのかもしれない。盛り上がるネタを提供してくれるだけの存在だったとすれば、どんな試合をしてきても「お帰りなさい」と笑顔で迎えることができるだろうし、選ばれた方も他人の誇りなど背負ってるつもりにはならないだろう。ただ、ほかのチームが「国を背負って」戦おうとしている場に、その程度の気持ちのチームが紛れ込むのは、失礼だと思わざるをえない。 (ちなみに、ロナウドがミュラーの記録に日本戦の2ゴールで並んだ。あの出来のロナウドに、最多タイ記録に並ばせてしまったのは、サッカーに対しても、ミュラーを愛した人に対しても犯罪的に罪深いことだったと思う。)
by ka-takeuchi
| 2006-06-23 10:04
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