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PSE問題 中古家電販売店には、確かに死活問題だなぁ。 でも、ヴィンテージ品に関しては、いまひとつピンとこない。楽器でも何でも、本当に優れていて需要があるものは、いまでも生産が続けられているわけで、新品が手に入らないということは、需要がないということも意味していないだろうか?自由経済の宿命として、需要がないものは淘汰されるわけで、淘汰されたあとになって「これだけ需要がある」といわれても、素直には同調しかねる部分が残る。 そして、この問題を見る視点を変えてみよう。 批判(国民的な、とはいえない規模だが)は経済産業省に集中している。だが、これは法律である。政府提出法案であっても、国会が最終的な意思決定者として議決した以上、この施策は国会の意思である。知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのはおかしくないか? 決裁書類にハンコを課長がつけば、その責任は課長がとらなければならないのと同じだろう。 そして、もうひとつの論点は、「国会は国民の意思を反映する場」だということで、国会の意思決定は、国民自身の意思決定と同義である。ようするに、この法律が悪法であったとして、その責めは、立案者である行政府、意思決定者である国会、そして、その国会議員を選んだ国民自身に等しく向けられなければならないはずだ。国会の水準は国民の水準を鏡のように映し出す。この視点が常に認識されていないかぎり、間接民主制の社会の前進はないような気がするが…… #
by ka-takeuchi
| 2006-03-15 23:07
| 経済
PS3 秋に発売延期 非常に残念であることは間違いない。と同時に、PSの業界でのシェア低下を恐れる。とにかく、あるハードで良質のソフトがそろうかどうかは、そのハードのシェアに依存する部分が非常に大きいわけで……。大昔、松下の3DOが性能云々よりもシェアを伸ばせなかったことで不発のまま終わったのと同列には論じられないが、ひとり勝ち状態に微妙な影が出てくることは避けられないかもしれない。 ところで わたしはこの次世代DVDの規格についての「抗争」を、非常に苦々しく思いながら見ている。いや、べつに、規格の主導権争いが起きること自体はかまわない。そのなかにソニーがいることが許せないのである。 ソニーはかつて、VTRの規格でベータにあくまでもこだわり、そのうえで撤退した。これがどれだけ消費者に迷惑をかけたか。私の実家にも、いくつか貴重な映像がベータのテープに入って眠っている(ダビングしろよ、という批判は甘んじて受けるが、それだってソニーの迷走がなければ避けられる手間であることは間違いない)。 そのソニーが、またも規格、それも以前と同じ映像に関するものについての争いの当事者となっていることが許せないのだ。どちらの規格が優れているかは、この際二の次である。同じことを繰り返すということは、かつてソニーが消費者にどれだけ迷惑をかけたか、その自覚が全くないということを示している。じゃあPSも使うなよ、と言われれば、「ごめんなさい」と這いつくばるしかないのだが、それでも、次世代DVD騒動以降、わたしはソニーという企業名、不快感を伴わずにを聞くことができなくなっている。 「喉元過ぎれば熱さを忘れる」のが日本人の特質であるといわれることがある。個人的には「そんなに単純なものではない」と、その意見に与していないわたしであるが、「国際派」とされるソニーの行動や、それに対する世間の無反応をみると、「やっぱりそうなのかも」と少し弱気になってしまう。 #
by ka-takeuchi
| 2006-03-15 21:42
| 趣味
Excite エキサイト : 経済ニュース:牛肉輸入問題 米国の食肉処理工場から香港に輸出された牛肉に牛海綿状脳症(BSE)感染防止のため禁止されている骨が混入していた問題について、小泉純一郎首相は14日午前、「安全、安心確保のために、日本として、しっかりした調査をしなければいけない」と述べ、輸入再開には慎重に対応する考えを示した。官邸で記者団の質問に答えた。 これだけ世論が一方に傾いている中では、相当な親米派でも輸入には踏み切れませんわな。でも…… 視点を変えてみましょう。 国民誰もが「アメリカ産牛肉」を食べたくない、と思っているかというと……まあ、現時点では大多数が「YES」というのでしょう。 でも、同じような政策をとっているところが多いかというと、そんなことはないわけで、世界規模で見れば、かなりの人は「気にしない」か、「少しは気にするけど、それでもやすい肉がいい」とか思っているわけです。日本は少数派である、というところにポイントがあるでしょう。食の安全に対する考えの違い、と主張しているのは、なにも日本側だけではないと思います。違う観点から、アメリカさんだってそういっているでしょう。 そもそも、食べたくなければ買わなければいいわけで、アメリカ産がそれとわかるように陳列されていたり、肉屋がアメリカ産を仕入れるかどうかを自覚的に判断していれば、輸入したって、アメリカ産でもいい、という人しか買わないはずです。それが圧倒的少数であれば、別に輸入禁止にならなくたって輸入されなくなるでしょう。 ここで何が問題かといえば、「アメリカ産だとわからないで買ってしまうのが怖い」「アメリカ産であることを隠して売られるのが怖い」からだと思われますが、こうなると、アメリカの問題ではなく、日本の制度の問題であったり、日本人の民度の問題であったりします。見方を変えてみれば、日本国内の問題をアメリカに押しつけていると考えることも可能なわけで、こうなると、「アメリカの不満ももっともだ」ということになりかねません。 食の安全は重要な問題ですが、安全は待っていれば与えられるものではなく、自分で勝ち取るものでもある、ということは、耐震強度偽装問題でも指摘する人がいました。「確認しようとしたけどできなかった」人と、「確認する気がなかった」人をきっちり峻別するかぎり、一理あるのではないでしょうか。 食についても同じでしょう。自分で「アメリカ産を買わない努力をする」のではなく、「アメリカ産が陳列されていない状況を作ってもらう」という姿勢は、安全に対する意識という点からは、それなりに評価が微妙であるような気もします。ことによると、この問題で日本人は自らの未成熟さを声高に宣伝しているのかもしれません。もちろん、ひとつの見方ですが……。 #
by ka-takeuchi
| 2006-03-14 22:24
| 経済
Excite エキサイト : 岩国住民投票 住民としては当然の反応だということだろうか。 政府は、淡々と予定通り進めるとしている。さてどうなるか。 視点を変えてみる。 テレビ等で見かけた意見の中には、「国民の意見を尊重するのが民主主義であり、この結果は拘束力を持ってとらえられるべきだ」というような趣旨のものもよくあった。 だが、考えてみよう。 いったい、どこの街の住民が、「ここに艦載機を移転してきていいですか?」と問われて、積極的に賛成するだろうか? この住民投票は、最初から結果がわかっているようなものだったともいえる。 どこの街で住民投票をやっても、似たような結果が出るだろう。ということは、日本には基地や艦載機を受け入れる場所はないことになる。従って、この結果に拘束されるかぎり、米軍基地は作れないし、艦載機の移転もできない。 もちろん、「日本には米軍基地は要らない」という結論自体を肯定してしまう人もいるだろうが、安全保障について普通の感覚を持っていれば、とてもそんなことは言えない。どこかに作らなければならないが、住民投票の結果に拘束されるかぎりは、どこにも作れない。候補に挙がったところが住民投票をすれば、反対が多いに決まっているからだ。 忘れてはならないことは、「安全保障」は「国民全体の利益」であり、「政府の都合」ではない、ということだ。最終的には「国民全体の利益」は「地域住民の利益」に優先する。「安全保障」という政策課題が正しく追求されるかぎりは。したがって、こういう問題について住民投票を行うということは、フェアではないということになる。 では、「安全保障」のためならば、何をやってもいいか? 実はそうなのだ。もちろん、「国民に選ばれた」政策当局が説明責任を十分に果たして、政策目標に照らして基地建設や部隊移動が正当なものだということを示し、かつ、それで損害を受ける人に対して、充分な補償が行われるかぎりにおいて、ではあるが……。 この例は、民主主義、という言葉が果たして正しく国民に理解されているかどうか、をはかるバロメーターのひとつなのかもしれない。 #
by ka-takeuchi
| 2006-03-14 19:57
| 政治
日本、米国にサヨナラ負け 「タッチアップの際の離塁が早かった」 この判定の当否が試合の論評の中心となっているようにみえる。まあ、確かにあれがセーフで あれば試合の流れが大きく日本に傾いていた可能性は小さくない。 視点を変えてみる。 「米と、米で試合をする」 完全にアウェイ状況である。しかも、スコアは3-3のタイ。終盤にきての勝ち越し点が相手にはいるのは、いかな米でも避けたいところだ。まさに、ホームタウンデシジョンの出番といえる。そして、ここで重要なのは、ホームタウンデシジョンというのは、国際試合ではつきものであり、ある意味で「正当な判断」であるということだ。 問題の場面についていえば、タッチアップにおいて、「捕球と同時にスタート」では、アウトとされる可能性が最初から存在するわけである。三塁走者は、打球の飛距離、外野手の肩、自分の脚などをすべて考慮に入れて、文句のでないタイミングでスタートを切る必要があった。それではアウトになるのであれば、スタートを切るべきではない。それが、アウェイにおけるタッチアップであるはずだ。 三塁ランナー個人だけではなく、ベンチとしてとっさにそういう発想ができず、国内でのプレイの延長線上でしか戦えないのだとすれば、日本チームは「世界と戦えるプロ集団」ではなかったとしかいいようがなかろう。だとすれば、WBCで好成績を残すなど、ハナから期待できなかったことになる。 国内での戦いと国際試合は本質的に異なるもの。その発想が、インタビューでよくある「自分たちのプレーをしたい」という言葉には感じられないのだが…… #
by ka-takeuchi
| 2006-03-13 20:40
| スポーツ
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